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奚岡(1746-1803、もとの名は鋼、字は純章、号は鉄生・蘿龕・鶴渚生・蒙泉外史・蒙道士・散木居士)は、清代中期の篆刻家・書家・画家。丁敬(1695-1765)に始まる西泠印派の初期を代表する篆刻家である。豪邁不羈の性格で、酒癖が悪く酒狂と呼ばれた。仕官を嫌い、書画篆刻を売って暮らした。絵画は山水画に巧みで、董其昌(1555-1636)・王時敏(1592-1680)を手本とし、花卉画は惲寿平(1633-690)の画法を継いだと伝えられる。 本図は、気品ある君子に見立てられた植物である四君子(蘭・菊・梅・竹)のうち2種類を水墨を基調として表わすもので、書画一致の理念を尊重した文人による墨戯の伝統を踏まえるものである。 <畑靖紀執筆, 2026>
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奚岡(1746-1803、もとの名は鋼、字は純章、号は鉄生・蘿龕・鶴渚生・蒙泉外史・蒙道士・散木居士)は、清代中期の篆刻家・書家・画家。丁敬(1695-1765)に始まる西泠印派の初期を代表する篆刻家である。豪邁不羈の性格で、酒癖が悪く酒狂と呼ばれた。仕官を嫌い、書画篆刻を売って暮らした。絵画は山水画に巧みで、董其昌(1555-1636)・王時敏(1592-1680)を手本とし、花卉画は惲寿平(1633-690)の画法を継いだと伝えられる。
本図は、気品ある君子に見立てられた植物である四君子(蘭・菊・梅・竹)のうち2種類を水墨を基調として表わすもので、書画一致の理念を尊重した文人による墨戯の伝統を踏まえるものである。
<畑靖紀執筆, 2026>
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