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趙之琛(1780-1860、字は次閑、号は献甫・献父・宝月山人、室号は補羅迦室)は、清朝後期の書家・画家・篆刻家。陳豫鍾の高弟で金石学に通じ、陳鴻寿から刀法を学んだ。画は山水画・花卉画を得意とした。杭州で主に活躍した浙派と呼ばれる印人集団である西泠六家(丁敬・蒋仁・黄易・奚岡・陳豫鍾・陳鴻寿)に、銭松とともに名人として加えられて、西泠八家の一人として挙げられた。書は、隷書を得意とし、行書・楷書もよくした。隷書には独特なゆがみがあり、字の中に太く強い線を加味する手法が見られる。 本品は隷書で七言を揮毫した聯である。横画と払いの波勢は抑える筆画はまろやかながらも、字の中に強調線を加えており、趙之琛の特徴が確認できる。 <松浦晃佑執筆, 2026>
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趙之琛(1780-1860、字は次閑、号は献甫・献父・宝月山人、室号は補羅迦室)は、清朝後期の書家・画家・篆刻家。陳豫鍾の高弟で金石学に通じ、陳鴻寿から刀法を学んだ。画は山水画・花卉画を得意とした。杭州で主に活躍した浙派と呼ばれる印人集団である西泠六家(丁敬・蒋仁・黄易・奚岡・陳豫鍾・陳鴻寿)に、銭松とともに名人として加えられて、西泠八家の一人として挙げられた。書は、隷書を得意とし、行書・楷書もよくした。隷書には独特なゆがみがあり、字の中に太く強い線を加味する手法が見られる。
本品は隷書で七言を揮毫した聯である。横画と払いの波勢は抑える筆画はまろやかながらも、字の中に強調線を加えており、趙之琛の特徴が確認できる。
<松浦晃佑執筆, 2026>
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