当サイトではJavaScriptを使用しております。 JavaScriptをONにして再読み込みを行ってください。
「画像検索」で別カットの画像をさがす
近代文人画を代表する画家の一人、奥原晴湖(1873-1913)による羅漢図。晴湖は、谷文晁(1763-1840)の門人・枚田水石(1796-1863)に学び、渡辺崋山(1793-1841)に私淑するなど、近世絵画の表現様式を継承した画家で、「東海描き」と称された奔放で大胆な作風で知られる。とくに山水画を得意とし、人物画はあまり多く遺されておらず、とりわけ本図のような仏教的な画題は稀少である。 「辛卯」という落款から明治24年(1891)に描いたことが判明する。晴湖55歳のことで、この年の2月16日に東京を去って成田村上川上(現在の熊谷市)に移っており、本図は東京を離れる直前、親交のあった文人画家・西田春耕(1845-1910)の求めに応じて描かれたと推測される。 <森實久美子執筆, 2024>
画像のご利用について
収蔵品ギャラリーのトップへ戻る
ページの先頭へ戻る
近代文人画を代表する画家の一人、奥原晴湖(1873-1913)による羅漢図。晴湖は、谷文晁(1763-1840)の門人・枚田水石(1796-1863)に学び、渡辺崋山(1793-1841)に私淑するなど、近世絵画の表現様式を継承した画家で、「東海描き」と称された奔放で大胆な作風で知られる。とくに山水画を得意とし、人物画はあまり多く遺されておらず、とりわけ本図のような仏教的な画題は稀少である。
「辛卯」という落款から明治24年(1891)に描いたことが判明する。晴湖55歳のことで、この年の2月16日に東京を去って成田村上川上(現在の熊谷市)に移っており、本図は東京を離れる直前、親交のあった文人画家・西田春耕(1845-1910)の求めに応じて描かれたと推測される。
<森實久美子執筆, 2024>
画像のご利用について