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白麻地に桜の立木を表した江戸中期の帷子。本品のような麻による単の夏向きの衣類を帷子という。本品のような立木文様は、寛文期以降盛んに作られた文様である。また右裾にみられるような、文様の輪郭線を色や文様の境界線として用いる表現は、万治頃から多用されるようになるが、元禄の頃には見られなくなる表現である。一方、鹿子絞りをはじめとした絞り染めや金糸の刺繍といった高価な技法の流行は、風紀を乱すものとして度々奢侈禁止令が出され取り締まられ、天和3年(1683)に出された禁令では惣鹿子と金糸の刺繍が禁止された。これを受けて町方では、鹿子絞りを模した型鹿子(摺匹田)を始めとした型染めが流行するようになった。本品には絞り染めの使用が見られないことから、天和の禁令以降の作と考えられ、貞享(1684-88)から元禄の初期頃の作と思われる。 <桑原有寿子執筆, 2024>
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白麻地に桜の立木を表した江戸中期の帷子。本品のような麻による単の夏向きの衣類を帷子という。本品のような立木文様は、寛文期以降盛んに作られた文様である。また右裾にみられるような、文様の輪郭線を色や文様の境界線として用いる表現は、万治頃から多用されるようになるが、元禄の頃には見られなくなる表現である。一方、鹿子絞りをはじめとした絞り染めや金糸の刺繍といった高価な技法の流行は、風紀を乱すものとして度々奢侈禁止令が出され取り締まられ、天和3年(1683)に出された禁令では惣鹿子と金糸の刺繍が禁止された。これを受けて町方では、鹿子絞りを模した型鹿子(摺匹田)を始めとした型染めが流行するようになった。本品には絞り染めの使用が見られないことから、天和の禁令以降の作と考えられ、貞享(1684-88)から元禄の初期頃の作と思われる。
<桑原有寿子執筆, 2024>
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