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琉球国王尚温の冊封のため、1800年(嘉慶5)に清朝の嘉慶帝が派遣した冊封使の正使趙文楷、副使李鼎元、従客僧寄塵、従客陳邦光と、琉球士族の楊文鳳、向循師、向世徳、向善栄、毛長芳の9人による漢詩全45首を揮毫した書巻。筆者は琉球を代表する能書の鄭嘉訓である。1800年の冊封使は5月12日から半年間在琉し、首里城における冊封儀礼など公的儀式に臨んだほか、那覇近郊の景勝地に遊び、また琉球士族とも親しく交流した。本作品にも、冊封使一行の詩には首里・那覇の景勝地や寺院を主題とする詩、琉球の風物を読み込んだ詩、琉球士族と読み交わした詩が多く収まる。琉球士族5人の詩は、多くが李鼎元の詠詩を原韻とする。李鼎元は在琉中、彼らに詩文を教授し、琉球語辞書の編纂を協同するなど深く親交した。 本作品は中国と琉球との外交関係を象徴する冊封使の関係資料であり、且つ近世琉球の士族社会における中国文化の受容と学習や、冊封使と琉球士族との漢詩による文化交流の在り方が非常によく表れている。さらに鄭嘉訓が揮毫した琉球書跡としても大変高い価値を持つ。 <一瀬智執筆, 2024>
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琉球国王尚温の冊封のため、1800年(嘉慶5)に清朝の嘉慶帝が派遣した冊封使の正使趙文楷、副使李鼎元、従客僧寄塵、従客陳邦光と、琉球士族の楊文鳳、向循師、向世徳、向善栄、毛長芳の9人による漢詩全45首を揮毫した書巻。筆者は琉球を代表する能書の鄭嘉訓である。1800年の冊封使は5月12日から半年間在琉し、首里城における冊封儀礼など公的儀式に臨んだほか、那覇近郊の景勝地に遊び、また琉球士族とも親しく交流した。本作品にも、冊封使一行の詩には首里・那覇の景勝地や寺院を主題とする詩、琉球の風物を読み込んだ詩、琉球士族と読み交わした詩が多く収まる。琉球士族5人の詩は、多くが李鼎元の詠詩を原韻とする。李鼎元は在琉中、彼らに詩文を教授し、琉球語辞書の編纂を協同するなど深く親交した。
本作品は中国と琉球との外交関係を象徴する冊封使の関係資料であり、且つ近世琉球の士族社会における中国文化の受容と学習や、冊封使と琉球士族との漢詩による文化交流の在り方が非常によく表れている。さらに鄭嘉訓が揮毫した琉球書跡としても大変高い価値を持つ。
<一瀬智執筆, 2024>
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