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安政2年(1855)に来日したリンデン伯爵ヨハン・マウリッツ(1807-64)が所持したもの。本図中に描かれるオランダ船は、1840年に長崎に来航したコルネリア・エンリエッテ号である。船長のペトルス・ブルーニング(?-1855)の注文に応じて慶賀が本図を描いたのであろう。慶賀は天保13年(1842)に追放処分を受けたことから、本図は船が来航した1840年から、慶賀が追放処分を受けた1842年までの成立である。ブルーニングが本国に持ち帰ったのち、1856年3月に帰国したリンデン伯爵が本図を入手した。本図は長らくオランダに所在していた慶賀筆の「長崎港図」で、本図の構図と共通する作例が少なく希少である。
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安政2年(1855)に来日したリンデン伯爵ヨハン・マウリッツ(1807-64)が所持したもの。本図中に描かれるオランダ船は、1840年に長崎に来航したコルネリア・エンリエッテ号である。船長のペトルス・ブルーニング(?-1855)の注文に応じて慶賀が本図を描いたのであろう。慶賀は天保13年(1842)に追放処分を受けたことから、本図は船が来航した1840年から、慶賀が追放処分を受けた1842年までの成立である。ブルーニングが本国に持ち帰ったのち、1856年3月に帰国したリンデン伯爵が本図を入手した。本図は長らくオランダに所在していた慶賀筆の「長崎港図」で、本図の構図と共通する作例が少なく希少である。
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