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穂に枝のない直槍。正三角造で、丸首をなし、各面の平に丸留の棒樋を彫る。鍛は小板目よく約み、地沸つく。刃文は直刃で浅く湾れ、帽子は直に先小丸に返る。茎は穂に比して長く、鑢目は表を切、裏をせんすきに仕上げる。先は浅い栗尻。目釘孔1つ開く。表に銘「薩州住元平」を刻す。元平(孝左衛門、1744-1826)は、江戸時代後期の薩摩を代表する刀工のひとり。天明5年(1785)に薩摩藩から「薩藩臣奥元平」と銘切することを認められ、更に寛政元年(1789)12月には伯耆守正幸と同時に大和守を受領した。以後はこの受領銘を刻したことから、本品の制作は受領以前の作と推定される。なお、子に同名(元平)がある。打刀に比して槍は現存作例が少ないこともあり、江戸時代における薩摩刀工の槍の作風を知るうえで貴重な作品である。
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穂に枝のない直槍。正三角造で、丸首をなし、各面の平に丸留の棒樋を彫る。鍛は小板目よく約み、地沸つく。刃文は直刃で浅く湾れ、帽子は直に先小丸に返る。茎は穂に比して長く、鑢目は表を切、裏をせんすきに仕上げる。先は浅い栗尻。目釘孔1つ開く。表に銘「薩州住元平」を刻す。元平(孝左衛門、1744-1826)は、江戸時代後期の薩摩を代表する刀工のひとり。天明5年(1785)に薩摩藩から「薩藩臣奥元平」と銘切することを認められ、更に寛政元年(1789)12月には伯耆守正幸と同時に大和守を受領した。以後はこの受領銘を刻したことから、本品の制作は受領以前の作と推定される。なお、子に同名(元平)がある。打刀に比して槍は現存作例が少ないこともあり、江戸時代における薩摩刀工の槍の作風を知るうえで貴重な作品である。
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